カクテル、猥談、人生。『VA-11 Hall-A』の【感想】
20年4月に『サイバーパンク2077』が発売されると聞いていた僕は、気分を高めるためにサイバーパンクにまつわる映画やアニメ、ゲーム巡りをしようと考えていた。
僕はそのうちの一つ、"サイバーパンク・バーテンダー・アクション"と銘打たれた『VA-11 Hall-A』(ヴァルハラ)というゲームをプレイしようと考えていたのだ。
噂はかねてから聞いていた。主人公の女性バーテンダーとなり、訪れる客にカクテルを振舞うらしい。サイバーパンクという世界観に対して少し外したようなドットビジュアル、良質なADVパートと魅力的なキャラクター達が非常に良いのだという。(アクションゲームでは無い模様)
バーは好きだ。そしてADVと魅力的なキャラクターは大好きだ。ぜひやってみたい。
肝心の「2077」は延期しやがったがこのゲーム欲は誰にも止めることはできない。僕はヴァルハラへ足を踏み入れた。
ゲームが始まるや否やこんなウィンドウが出てくる。
酒を飲んでプレイしろと。ほぉ。(別にそこまで言ってない)
僕は発泡酒を用意した。ビールの「まがいもの」であることにサイバーパンク要素を重ね合わせたかったのだ。ディストピア飯的なね…
階層都市に腐敗した警察、インフレした物価。
今作を開発したスケバンゲームズが自国ベネズエラを題材にしたような重い(サイバーパンク的には常識かもしれない)設定だが、それとは相反してグラフィックは非常にかわいらしいし特徴的だ。
サイバーパンクというはるか未来をゆく世界観に対してドットで打たれた萌絵調の立ち絵と『ファミコン倶楽部』のようなレトロADV風なインターフェイス。
ところどころにアニメやゲームのオマージュも見えるため"スケバン"という社名も日本のサブカルチャーに影響されまくったせいということが伺える。
自室からバーへ出勤、もといADVパートへと移ることでヴァルハラというゲームは本領を発揮する。
開店前にバーに置かれたジュークボックスで流す音楽を決めることになるのだが、曲がどれもいい。曲調は様々だがどこかリラックスするような楽曲ばかりで、客との会話内容とピッタリのものが流れ出すとゲームに対するボルテージが上がると共に一本取られたという気分になってしまう。
特に『Every Day is Night』はヴァルハラの雰囲気を聞くだけで堪能することが出来る名曲だ…
主人公、ジルは週ごとに訪れる会員権や家賃を定期的に支払わなければならない。そのため客が望むカクテルを正しく給仕し、しっかり稼ぐことがゲームのカギとなる。
オーダーは様々だ。「ビール」と指定したものから「ピュアなもの」といった謎かけのようなものにもキチンと対応しなければならない。
今作では、「甘い・酸っぱい」などの味、「ガーリー・クラシック」な雰囲気等の特徴が設定された20種類以上のカクテルを作ることが出来る。オーダーに沿ったカクテルを給仕することで売上の一部とチップ、ボスからのおまけに加えてノーミスボーナスがその日の業務終了時に貰えるというわけだ。(日給かよ…)
しかしどんなカクテルを提供するのかは結局プレイヤー次第だ。オーダーと真逆のものを出しても良いし、アルコールを抜いてもいいし、安いものと言われてムカつけば一番高いカクテルを突き出すこともできる。オーダーミスは売上には含まれなくなるが。
それによってちょっとした会話の変化や思わぬルートが開けたりといった箇所もこのゲームの特徴的な部分だ。『一日を変え、一生を変えるカクテルを!』というキャッチコピーも納得できる。
登場するカクテルはすべて架空のものなのだが、色や名前、グラスの形などどれも個性的に見える。カクテルを好んで飲むような人な元ネタであったり味を想像したりとちょっとワクワクするものばかりなのでは無いだろか。
僕はカクテルに全く詳しくないが。
それにヴァルハラに訪れるキャラクターも非常に個性豊かだ。
犬用玩具会社の社員、新聞社の編集長と一般的なもの。ロリセクサロイド、喋る犬など一癖も二癖もある客が幾人も訪れる。
一対一で話しているだけで十分に楽しいのだが、客同士が話し出すともう手に負えなくなってしまう。話す内容も酒が入るせいか妙に赤裸々だ。
あの常連が来るか、それとも新規のトンデモ客が来るか。ワクワクが止まらない。
だがトンデモ客のすべてがトンデモということではない。
会話のインパクトで隠れがちだが、登場人物のほとんどがプレイヤーのどこかに引っかかるような悩みや過去を抱えている。どうでもいい同僚から気を持たれている、店が潰れそう、嫌な上司がいる、姉が育児放棄をしているなど。ジルだって例外ではない。
バーテンダーという職業の持つ魔力なのか、初対面であるにも関わらず客はぽつりぽつりと話し出す。会話によって明らかになる過去やトラウマを聞くと彼女らにグッと親近感を抱いてしまうのだ。
できることなら親身になって協力したりアドバイスを出したりとしてみたいものだが、その悩みのほとんどは作中で解決することはない。
それどころか突然ゲームの終わりは訪れる。まるで「無料会員はここまで」と無慈悲に締め出すかのように。
そっからが良いところなのに!!(ある箇所を調べることでエピローグも見れるのだが、それだって謎を残したまま終わる。)
その上登場する数あるキャラクターの内、物語の本筋に関わる人物は5人程度しかいない。本筋自体も非常に短いものになっており、そのあらすじを語るだけなら200文字程度で済んでしまうだろう。
客との会話であっても重要な部分は2割にも満たない。いくら思わせぶりな会話があれどほとんどのゲーム進行は赤の他人のよもやま話を聴いているだけに過ぎないのだ。
というかなんなのだこの赤裸々な話題猥談の量は。
〔イッたふりをしたことがあるか〕とか〔何年致してないか〕とか〔自分のエロ3Dモデルを売る〕とか〔他人のディルドを隠したら替わりに使ったキュウリが調理されて出てきた〕とか。結構ハードな話題が全編通して行われる。
アニメガールがおおっぴらに猥談をしているのを目の前にするのはドキドキするし非常に新鮮に感じる。とはいえそんな話をテキストで見せられて僕はどんな反応すりゃいいんだよ。まったく猥談は最高だぜ!!!
というかこの猥談の量と内容はなんとも度し難い。CERO:DなのはともかくとしてSwichでもこのゲームがプレイできてしまうなんて。お子さんのための健全ハードじゃありませんでしたっけアレ。
かと思えば、「自己嫌悪は穴のようなもの。 掘ったところで埋まることは無いのだから自分を責めるのはやめなさい。」
とか認識外からちょっといい話が突然ぶんなぐってくるのだからもうこのゲームの底が見えない。大好きだ。
僕はどうしてここまで"よもやま"に魅力を感じているのだろう。
それはこの世界で暮らす彼女らが日々を生きているからに他ならない。彼女らは現代社会に生きる僕たちとは別の世界に生きているはずなのに、なんら僕たちと違わないからだ。
仕事があり悩みがあり、人生があるという確かな存在感。酒の流れで飛び出た話を聞くだけなのに感じる絶妙な親近感と距離感。僕たちはグリッチシティというディストピアで暮らす人々が持つ人生のほんの、ほんの一部をバーテンダー・ジルの目を通して見ているだけにに過ぎないというわけだ。
なんだかバーテンダーがすごくオイシイ職業に思えてきた。願うならヴァルハラにお邪魔してみたいとさえ思う。
個性的なキャラクターと話している最中は「なんだコイツ…」と思っているのにゲームを止めてしばらくすると、また会いたい、話したいと考えてしまっている。
その時はじめて気づくのだ。暗いディストピアでも自分に自信を持って伸びやかに振る舞う彼女たちを好きになっていたことに。
おそらくこれは過去へ後ろめたい感情を持つジルがそんな人たちに一歩近づくだけの物語なのだろう。
延期したゲームの埋め合わせなんかにプレイすべきではなかったと激しく後悔した。素晴らしい出会いだったのにその質を下げてしまった気がして。
このゲームは客のよもやま話を聴いているだけに過ぎない。しかしそのどれもがドラマチックに、愛おしく、ミステリアスで、そしてリアリティを帯びて聴こえてくるのはこの発泡酒のせいなんかじゃない。そう思うのだ。