『The chef cooks me』に親近感を感じる。
すばらしいバンドだ。『The chef cooks me』。
何人が知ってるんだ。『The chef cooks me』。
もっと知って欲しい。『The chef cooks me』。
僕は何度でも言うよ。『The chef cooks me』、名前を覚えて欲しいからね。(以下シェフ)
『ASIAN KUNG-FU GENERATION』を知っている人は数多くいるだろう。
国民的な超有名バンドだ。知らなくても「ソラニン」とか「リライト」あたりは聞き覚えがある人は多いはずだ。リライトシテエエエエエエエ、とかタトエバアアアアアの。
そんなバンドのフロントマン、Gotch(後藤正文)がプロデュースをしたバンド。それがシェフ。
シェフの最大の特徴はシェフを束ねるリーダー、下村亮介が持つ、作曲能力と編曲能力のずば抜けた高さにある。
30秒で魅力は伝わる。流れるようなメロディに弾むドラム、大胆な転調。
それに合わせて体も動くよう。最高だ。
満ち足りる音楽だ。
芯からジワジワ暖かくなっていくよう。この春心地にピッタリな王道のポップスたち。きっと曲を聞いた大多数が「良い」と感じること請け合いだろう。
この2曲に加え上質なポップスが多数収録された「回転体」というアルバム。ポップ史に名を刻まれた名盤だ。必聴である。
こういったポップスを作るのが下村は本当にうまい。
この『PAINT IN BLUE』もいいだろう。ちょっとムシっとした夏の雨の日を清々しく思い出せてくれる。
前奏のタンバリンとサビ前のピアノをピロピロッてする奴がわかりやすく気持ちを盛り上げる準備をしてくれる。もはや説明不要だ。
アジカンに縁があるシェフは「AKGトリビュート」というアジカンのコンピレーションアルバムに参加している。そこでは『踵で愛を打ち鳴らせ』を大胆かつ秀逸にアレンジした。
こっちはオリジナル。良い。
しかし残念ながらこのコンピ、サブスク解禁されていないため残念ながら実物を手に取らなければ聴くことが出来ない。
元のロックとはあまりにかけ離れ過ぎていて本当に同じ曲なのか疑問に思えてくるアレンジはぜひ一度聴いてもらいたいのでレンタル等して聴いてみて欲しい。*1
後述する最新アルバムではより一層アレンジが加えられた「踵」も聴ける。
シェフ自身の楽曲もいくつかアレンジが加えられて収録されたアルバムもあり、その差異を聞き比べることが非常に楽しい。下村の持つポップスとアレンジの才能。僕はこれがたまらなく好きなのだ。
そしてそんな耳ざわりの良いメロディに乗せてこんな歌詞が飛び込んでくる。
口笛を吹いて歩けば誰かに指さされて
歌なんて歌えば「狂ってる」か「能天気」か、「変わり者だ」って白い目で見られる
気にかける僕はがんじがらめになった小市民さ
The chef cooks me/パスカル&エレクトス
僕の事か?いやシェフのことか。
僕がシェフへの思いが確実なものになったのはこの曲、この歌詞のおかげだ。
下村は才能に溢れている。それは僕程度の一般人では届きそうにないぐらい。
しかしこの歌詞。「ただの音楽好き」という気がして仕方なくないか?
下村は凄いくせにどうしようもなく一般人めいていて、電話をかければ出てくれる。そんな雰囲気がある。
Say out さぁ この頃はどうだい?
顔のない「みんな思ってる」は
耳鳴りみたいに音になりもしない
The chef cooks me/最新世界心心相印
そうやって彼はいち音楽ファンとして歌ってくれる。どんなにネガティブな曲や歌詞でも、芯が通っていてどこか優しい、綿菓子のような歌い方で。つい耳を傾けてしまう。
こんな風に僕はシェフを楽しんできた。 心地いい満ち足りたポップスを。
そして19年10月にリリースされた、約6年ぶりとなったアルバム「Feeling」。これを僕は待っていた。またあのポップスを届けてくれるのだろうと胸を弾ませていたのだ。
しかしアルバムリリース直前に発表された『CP』という楽曲。これが凄まじいのだ。
今までと激しく毛色が違う。
暗い印象を受ける曲調に元気さを感じない歌声。その上韻を踏んだ今風の歌詞。「なつみSTEP」ぐらいの豹変ぶりじゃないか?違うか。
iTunes上でのジャンルも〈J-POP〉から〈オルタナティブ〉に代わっていることからもそれがうかがえるだろう。(ジャンルの定義とか詳しい話は置いておいて。)
一体何が起こったのか。僕は知っていた。
シェフを構成するメンバーが脱退により下村一人だけになってしまったのだ。
かつてはシェフに何人もいた気がする。そこまでメンバーに目を向けていたわけでは無いのが悔やまれるが、PVや楽器の数から察するに参加していた人が数多くいたはずだ。
それが今や一人。
押し殺すたびに 錆びていったFeeling
内に満ちた妬み嫉み 知れば知るほどに
芽吹くself loathing
両手で摘むように
触れて その場しのぎの愛で
この歌詞。セルフロージング(自己嫌悪)だなんていままでにないネガティブさだ。
日々のすばらしさや好きな音楽について歌っていた下村はどこへやら。まるで心中を吐露されているよう。
この『CP』が収録された最新アルバム、「Feeling」も全体的に影を帯びた曲が多く、ジャケットの透明感*2とも正反対に感じる。
しかし、今までのシェフ像からは大きく逸脱した楽曲の数々に、僕はいたく感動した。こんな曲まで作れるのか、と。
しかも「Feeling」は下村のソロプロジェクトではない。あくまで一人のシェフではあるが、『group_inou』のimaiや『YeYe』など多くのアーティストがフィーチャリングされた楽曲が半数も占めている。
一人なのに一人じゃないのだ。シェフ=下村にするのではなく、あくまでバンドという形態を貫いたのである。
「シェフ」でいるこいることの意義。下村という人間や音楽の在り方。Gochiプロデュースというレール。相当に悩んだはずだ。それは色んなインタビューやMCで知れる。
一人だからこそ外部の力が強くなる。取り入れられる。他アーティストの特色を引き出した楽曲群が制作できたのも下村だけになってしまったというケガの功名なのかもしれない。
シェフという世界から下村自身を極限まで解き放ったアルバム、「Feeling」は聞くほかないだろう。
ああ、僕の胸を焦がす世界中の歌。
どうか一つとして消えないでおくれ
君は僕の 全て。
The chef cooks me/Song of Sick
僕も同じ気持ちだ。シェフは僕の一部。
才能あふれる小市民はまだまだ続くのだろうか?どうか消えないでおくれ、これからも。